「観光」と「文化」の連携が、100年先の地域社会を豊かにする:日本政府観光局(JNTO)理事・ 蔵持京治氏インタビュー
これからの時代の「文化」と「観光」のよい関係性を探るべく、有識者の方々にインタビューをしていく連載シリーズ。その第二弾では、日本政府観光局(JNTO)理事の蔵持京治氏に話を伺いました。
「文化」を深く理解するための観光のあり方から、50年後や100年後を見据えた文化関係者と観光事業者の連携まで、「文化観光」推進のために必要な考え方を存分に語っていただきました。
蔵持京治
日本政府観光局(JNTO)理事。1968年東京都生まれ。1992年、運輸省(現国土交通省)入省。観光部旅行業課・企画課、自動車交通局旅客課課長補佐、鹿児島県交通政策課長、長崎県警察本部警務部長、日立製作所情報通信システム社事業開発部担当部長、内閣官房副長官補室内閣参事官、観光庁観光資源課長、総合政策局交通政策課長などを経て現職。
地域社会と文化に「持続可能性」を
──2021年6月にJNTOとして「SDGsへの貢献と持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)の推進に係る取組方針」を発表されたと思います。
はい。いま世界全体が「持続可能性」を真剣に考え出しており、国連世界観光機関(UNWTO)が提唱してきたものをわたしたちなりに咀嚼し、発表しました。観光は、地域の自然、文化、社会を持続可能なものにしていくために有効な手段であり、「サステナブルツーリズム」の考え方を持たずに観光振興を進める地域は、旅行者からも見捨てられていくだろうと認識しています。
サステナブルツーリズムは、まさしく観光の力で文化を残していく「文化観光」の推進を意味していると思っています。もちろん、自然や地域社会までを含めた考え方ではありますが、たとえば地域の自然を守らなければその地域の食文化などは維持できませんよね。
なので、これまで官の支援によって維持されてきた文化財を、文化関係者と観光事業者が力を合わせることにより、お互いがWin-Winの関係で地域の大切な文化財として守っていくエコシステムの構築が必要不可欠だと考えています。その結果として、地域の歴史や文化が守られ、自然も守られ、地域の経済社会も守られるはずです。
──日本でのサステナブルツーリズムの取り組みは、どこまで進んでいるのでしょうか?
世界持続可能観光協議会 (GSTC)による世界的な基準があるのですが、その基準を達成した地域を「グリーン・ディスティネーションズ」というオランダの認証機関が毎年発表しています。いま世界で100の地域が認証されるなかで、日本からは12の地域が認証されています。
わたしたちJNTOは地域連携部という部内の組織を通じて、全国の広域DMOや地域DMOに対して情報発信やコンサルティングをしています。たとえば、世界から来る旅行者からの声として「日本の商品は過剰包装である」と言われることがあります。お土産ひとつを売る際にも「サスティナビリティ」の観点から評価されていますから、プラスチックを使わない包装を検討するなど、そういったアドバイスをしています。
文化の継承と観光商品のバランス
──「文化観光」は、文化についての理解を深めることを目的とする観光とされています。観光という行為を通じて「文化」を深く理解するためには何が必要でしょうか?
そもそも、わたしたちが観光をするときに「文化」に触れていますよね。たとえば、ロンドンに行った際にまずは大英博物館に足を運ぶと思いますし、パリであればルーブル美術館やオルセー美術館、つまりは博物館や美術館がその都市の観光の「ゲートウェイ」になっており、地域への理解が深まるとともに旅を面白くする起点になっているんです。東京でも、東京国立博物館や江戸東京博物館は同様の機能を果たしているように思えます。
また、街並みの素晴らしい地域は、文化財としての価値が高いとともに観光資源としても魅力的です。日本でも、重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)の取り組みはその素晴らしい例だと思っています。
山村集落から門前町、港町、城下町まで、日本にはさまざまな歴史と文化がある街並みが残っています。これらを残すために民間でホテルや店舗として活用される事例が最近増えており、それは優れた取り組みですよね。
──その際に、文化を未来に継承していくという観点を疎かにして観光偏重になってしまうと、これまで守られてきた文化の破壊につながるなどの懸念も上がるかと思います。
そうですね。伝統工芸品ひとつをとっても、「国外の方に売れやすいものにすること」と「地域の文化を継承すること」のバランスをとる必要がありますよね。
大事なのは、地域の方々がどういう形式で残していきたいかを尊重することだと思います。もちろん、すべてが伝統的である必要もなく、新しいものが生まれてくること自体はよいことだと思っています。ただ「このほうが売れる」といった要素が先行するのではなく、地域のなかで丁寧に合意形成をしていくべきだと思っています。
たとえば、「阿寒湖アイヌシアター〈イコㇿ〉」という取り組みがあります。アイヌ古式舞踊を見ることができる劇場なのですが、伝統的な舞踊に加えてプロジェクションマッピングを取り入れ、ストーリー仕立てにしたものをつくっています。地域の方々が主導になっている取り組みで、伝統と革新のバランスという点で優れた事例だと捉えています。
「学芸員」は特別なローカルガイドにもなりうる
──それでは、文化関係者と観光事業者が協力するためには何が必要だと考えますか?
まず観光事業者が地域の歴史や文化について無理解かというと、それは違うと思っています。たとえば旅館は、自分の地域の歴史や文化を理解し、ゆかりのある陶芸作品や美術品などを展示していますよね。文化関係者の立場からは、作品の適切な保護や価値・魅力が伝わる展示になっていないこともあるのかもしれませんが、もしそうならば「どうすればより良い展示になるのか」を相互理解と対話を通じて明らかにしていくことが重要だと思います。
──文化関係者、たとえば学芸員の方はどのような役割を果たせると考えますか?
出張の際に地域の学芸員の方と話すことがあるのですが、とても話が面白く、地域の文化を大切に守っているからこその深みがあると思っています。学芸員の方にスペシャルなローカルガイドになっていただき、旅行者の知的好奇心を大いに満足させてくれる役割をしてもらえるとよいのではないかと思っています。
文化財を鑑賞する旅行者の満足度を高めるうえで、ガイドは必要不可欠な存在だと思っています。ただし、お仕着せの説明を一方的にするのではなく、その旅行者が何を求めてその地域にやってきたのかを把握し、その旅行者に寄り添った説明を行うことが重要ですよね。
たとえば、歴史好きにはその地域の歴史をわかりやすく説明し、陶芸好きにはその陶芸の芸術的な価値を伝える。仕事から離れてゆっくりしたいという人には、その文化財をじっくりと鑑賞してもらうようにするのがよいでしょう。
その文化財と向き合うことで、旅行者がどのような価値を得るのかのサポートをするのがガイドです。そうしたガイドを通じて、旅行者の方が「この文化財を残そう!」という気持ちになるとよいのではないかと思うんです。
オーバーツーリズムとレスポンシブル・ツーリズム
──コロナ禍以前の「観光」を取り巻く課題として、「オーバーツーリズム」が指摘されていました。今後、観光客が戻ってきたときにどのようにオーバーツーリズムの課題に対処すればよいと考えますか?
「観光振興」となるとすぐに情報発信をしようとするケースが多いのですが、地域で受け入れる体制が整っていなければオーバーツーリズムの課題に直面してしまう。なので、まずは受け入れる体制ができているかを検証し、整備することが大切です。
たとえば、紀伊半島の田辺で熊野古道の案内をしている「田辺市熊野ツーリズムビューロー」という一般社団法人があるのですが、優れた事例だと考えています。まずは熊野古道の標識や案内表示から見直して、ガイドツアーの方々を養成し、そこから情報発信を始めています。数年かけて徐々に大きくなるなかで、地域の人たちにもガイドツアーの中身を丁寧に紹介し地域の方々に受け入れてもらっていました。
ただ、もし受け入れ体制に限界があるのであれば、その地域の文化や自然を維持するという観点から「どれだけの旅行客を受け入れるか」をきちんと地域で決める必要があると思います。たとえば、自家用車の乗入制限を行うなどの規制を考えることが重要だと思います。
──観光に伴う課題を解決するためには、旅行者側の意識の変化も重要だと感じています。
そうですね。地域の文化の価値はかけがえのないものですから、それを残すために旅行者にも負担をしてもらうのがこれからの観光のあり方だと考えています。
「レスポンシブル・ツーリズム」という潮流もありますが、旅行客の意識をどう高めていくかが大事だと考えています。たとえば、旅行者が来てくれることで地域の自然や文化が守られるということを丁寧に説明し、理解してもらうことが重要です。
いま、ツアーに参加するとその参加費の一部が地域の環境団体に寄付されるという取り組みも出てきていますし、そうした実践が続くと「自然のなかでごみをポイ捨てしてはいけない」という意識も育まれていくと思います。
100年後を見据えて「文化」と「観光」の関係をつくる
──改めて、観光と文化がよりよい関係性を結ぶために意識するべきことは何でしょうか?
そうですね。各地域の自然、文化、地域社会を守っていく時に、日本の地域社会がいま抱えている課題の過疎化や高齢化に対応するためにどうすべきかを考えると、観光はそのひとつの答えとなると思っています。観光は、消費を外の地域から呼びこんでくるツールとして非常に有効ですから。
今後、公的な取組による文化財の保護に十分な持続可能性がないとすれば、「民」の力を使っていくことが重要です。ただ、「民」の都合のいいように、その利益が最大化するように変えるのではなく、日本の伝統文化や自然が50年後、100年後にも残るようにバランスをとっていくことが必要だと思います。
──50年後、100年後ですか。
観光事業者、文化関係者の両方が「50年、100年先のこの地域の自然、文化を守る」というゴールを設定し、地域の大切な文化財を守っていくにはどうすればよいのかを議論してほしいと考えています。
その際に、文化財の維持費が課題となるはずです。総額を概算でもよいので算出し、公的機関が負担できる部分、民間が文化財を活用しながら旅行者から徴収する部分を計算してみると、新たな発想が出てくるかもしれません。
民間側が負担する部分についても、ターゲットとなる旅行者が喜んで払ってくれる仕組みづくりが必要です。そのためには、文化財をどのように見せて活用するのか。文化関係者側の工夫も重要ですし、両者がともに考えてくのが理想だと思っています。
(Text by Shintaro Kuzuhara, Artwork by Takeshi Kawano, Edit by Kotaro Okada)