文化庁 文化観光note
文化財の「保存」と「活用」の視点を持ち合わせたジェネラリストへ。九州国立博物館の島谷弘幸館長に聞く、文化観光時代のミュージアムの役割
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文化財の「保存」と「活用」の視点を持ち合わせたジェネラリストへ。九州国立博物館の島谷弘幸館長に聞く、文化観光時代のミュージアムの役割

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これからの時代の「文化」と「観光」のよき関係性を探るべく、有識者の方々にインタビューをしていく連載シリーズ。第三弾は、九州国立博物館の島谷弘幸館長にお話を伺いました。

島谷館長は、文化財の保存と活用のバランスを理解した学芸員が、文化観光において重要な役割を果たすと考えています。現状のミュージアムが抱える課題と、文化と観光のよいバランスのとり方について聞きました。


島谷弘幸
九州国立博物館長。1953年生まれ。東京国立博物館学芸部美術課書跡室研究員、同学芸部美術課書跡室長、同学芸部資料課長、同文化財部展示課長、同文化財部長、同学芸研究部長、同副館長(兼)独立行政法人国立文化財機構本部研究調整役を経て、2015年4月より現職。

「文化」と「観光」に共通する2つの要素

──文化観光推進法が施行され、これから各地域で文化と観光の関係が問い直されていくかと思います。「文化観光」とは文化の理解を深めることを目的とする観光であり、文化の振興を観光の振興や地域活性化につなげることで、もう一度文化に再投資される好循環をつくることが重要だと考えています。島谷館長は、文化と観光はどのような関係であるべきだとお考えでしょうか。

文化と観光は、相対する概念であるような認識が広がっていますが、そうではありません。対立構造ではありませんし、重要度の高低もありません。むしろ「バランスの取れた保存と活用」が重要であるという点において共通点があります。

例えば、国の重要文化財等は、繊細な素材が多く、文化財を壊さないために同じ作品をずっと展示できません。作品の保存状態にあわせて、絵画(版画)であれば年間延べ30日以内、金属製品等の工芸品であれば年間延べ150日以内、と公開日数が決まっています。西洋美術などは、長く展示することが可能なものも多いですが、繊細な日本美術などは定期的な展示替えと保存が必要なのです。

これは美術品や文化財に限った話ではありません。例えば、ある地域の文化資源が世界遺産に登録されたとしましょう。登録直後に大量の人が訪れて世界遺産となった建物や自然の状態が悪くなってしまったら、簡単には元に戻せません。「バランスの取れた保存と活用」を考える時にも、活用の比率が大きすぎては、文化を破壊することに繋がってしまいます。

一方で、文化を大切に保存だけしていれば良いという訳でもありません。2007年に国立博物館は独立行政法人文化財機構になりましたが、それ以前は「見たい人が見に来ればいい」というような雰囲気があったかもしれません。しかしながら博物館で管理している文化財は国民の財産であり、広く共有して見ていただかなくてはならないわけです。そもそも、いくら文化財を大切に保存していても、その存在を誰も知らなければ、それはないに等しいと思うのです。文化財を忘れ去られないようにし続けていく必要がありますし、そのためには「バランスのとれた保存と活用」が重要なのです。

──「保存」と「活用」のいいバランスはどこにあるのでしょう。

ミュージアムにおいても、「バランスのとれた保存と活用」が重要であると考えています。館活動の基本は文化財資料の展示にありますが、九州国立博物館では、季節に応じた展示と作品保護の観点から月に30〜50点の文化財の展示替えを行いながら、常時600点程度を展示しています。

もう一つの大きな役割である文化財の保存についても、日頃他所では見る機会の少ない文化財の修理や保存の実際を目の当たりにすることができる場を設けています。文化財保存の一面を直に感じてもらうことで、文化財を未来に継承していくことの意義を理解いただけるようにしています。

それぞれのミュージアムや地域で状況は異なりますから、保存と活用のバランスの取り方に正解はありません。様々な制約があるのでバランスをとることが大変難しいことも理解していますが、できないと決めつけるのではなく、まずはできる方法を模索していく姿勢が大事であると思います。

「保存」と「活用」のバランス感覚を持った「ジェネラリスト」の必要性

──バランスをうまく取っていくための課題はなんだと思いますか。

まず、情報発信には課題があると思っています。いくら貴重な文化財があっても、通年で見られない文化財を1年中アピールしていてもしょうがいないですよね。

東京国立博物館には、国宝の「松林図屏風」がありますが、これは毎年お正月にしか展示しません。展示制限をクリアしつつ、年始の目玉企画として定着させたのはうまい展示方法だなと思いました。他にも、映像を活用することで実際に見学する時間を短縮するなど、いろいろと工夫できることはあるだろうと思います。

さらに大事なのはこれらの活動に携わる「人」です。保存と活用のバランスの重要さを理解しながら事業に関われるジェネラリストが、文化観光を推進する上でも不可欠です。学芸員や研究員といったスペシャリストの目的を理解しつつ、それぞれの立場や専門的知見を尊重しながら着地点を見つけるジェネラリストが必要なのです。

──学芸員は、スペシャリストが多いかと思います。どのようにしてジェネラリストの視点をもった学芸員を増やしていくのでしょうか。

ミュージアムでは、多くの学芸員が管理職になった後もスペシャリストとしての目線で働いています。

しかしながら、管理職に求められる役割は、全体を俯瞰し、自分が何をすべきか見定めることだと思っています。これには、文化財の保存と活用という両者の視点を兼ね備えている必要がありますし、現場の学芸員に足りない視点があればそれを補ってあげることが重要です。

そこを理解して実践してくれた人には、さらに上のポストにつけるようにしています。それが続けば学芸員も「今、求められているのは専門性を基盤にしつつ、ジェネラリストの視点を持ち合わせた人材なんだ」と時代の移り変わりに気づいてもらえると信じています。

加えて、学芸員には「来館者の気持ちになって考える」ことの大切さも伝えています。例えば、文章を書くときは専門用語を使わず中学生でも理解できる内容とすることで、専門知識の少ない来館者の目線で仕事に取り組んでもらうことを伝えています。これは、漠然と仕事をこなすのではなく、自分たちの仕事がどういった意義を持ちどこに課題があるか気づいてもらう上でも大切なことだと思います。

もちろん、全ての学芸員が保存と活用のバランスの重要性を理解するまでには時間がかかると思っていますが、1割でも2割でもいいので少しずつその割合を増やしていきたいです。これは、文化と観光の関係性に置き換えても同様です。一時的なブームで人が過度に訪れてもその地域の文化が破壊されてしまえば、観光客は誰も来なくなってしまいます。保存と活用のバランスの大切さを自覚し、同業者に説明できる人が増えるといいですよね。

「行くところがないからミュージアムに行く」が理想の形

──これからの時代に求められるミュージアムの在り方はどのようなものでしょうか。今後はミュージアムが地域課題や地域経済の活性化、コミュニティの形成などに貢献していくことも必要と考え、その答えの一つが文化観光になりえると思っています。

この2年間「不要不急」という言葉が国民的な話題になりました。文化財やミュージアムは、不要不急ではないかと問われた側ですね。現状の社会認識を受け止めつつ、文化財やミュージアムの価値に気づいてもらわないといけない。

私は日本の文化芸術に触れることは、人々の心を豊かにして、日々の活力になると実感しています。これを知ってもらうためには、ミュージアムに足を運んでもらうことが何よりも大切です。極端に言えば「今日は行くところがないからミュージアムにでも行っておくか」という感覚をどうしたら持ってもらえるか考えることが大切です。

ミュージアムだからといって、いわゆる「学び」の要素だけだったら楽しくないと思うんです。私が東京国立博物館に所属していた時代には「美と憩いと知識の場」というキャッチフレーズを使っていました。ちょっとした気分転換や時間つぶしでもいいんです。その人にとってのお気に入りの場所になれるように楽しんでいただける空間を提供することが理想です。

こういった取り組みは今も続けていまして、実は九州国立博物館にしだれ桜を250本植えたんです。九州には、しだれ桜の群生がありませんから、5年や10年後には間違いなく名所になるはすです。これは博物館の直接的な収益にはなりません。それでも、博物館の近くに来る理由付けにはなります。

近くにある太宰府天満宮は桜の名所ですが、『鬼滅の刃』の聖地として人気が出た竈門神社もやはり桜の名所です。そういった拠点とも桜を起点に協力体制を築きたいと思っています。

こうしたミュージアムの直接的な領域から飛び出した発想をもちながら、柔軟に考えていくことが「文化」と「観光」の関係構築を図るうえでもより一層求められると思っています。そのとき気をつけねばならないのは、私たちの業界のルールを、他の業界の人は知らないということです。展示制限があるなんて、多くの人は知らないと思います。同様に、観光側にも私たちの知らない倫理や経営理念などルールもたくさんあるでしょう。

文化観光を推進するためには、他の業界人ともしっかりコミュニケーションをとって相互理解を深めることが必要ですね。そのために、これまでの常識や枠組みに問わられないスペシャリストの視点を持ち合わせたジェネラリストが必要なわけです。文化観光推進法では、文化側と観光側の連携を事業推進の基盤としています。連携による協働と対話、相互理解の中で新しい価値を生み出すジェネラリストが生まれてくることも期待できるのではないでしょうか。

(Text by Shintaro Kuzuhara, Artwork by Takeshi Kawano, Edit by Kotaro Okada)

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