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「文化財」の保存と活用を推進するための戦略:文化財保護のための資金調達ハンドブック(1)

日本の各地域には、歴史文化を支える多種多様な文化財が多数存在しています。しかし、過疎化や少子高齢化などを背景として「文化財継承の担い手」が不足しており、各地域の文化財は滅失・散逸等の危機に瀕しています。

所有者の努力だけでは文化財の維持・継承は困難であり、いま行政等の支援に加えて地域社会全体で各地域の歴史文化を支える仕組みが求められています。

全3本となるこの連載では、文化庁地域文化創生本部が全国の自治体担当者や文化財所有者に向けて作成した「文化財保護のための資金調達ハンドブック」から、文化財の保存と活用を推進するための戦略をお伝えします。

なぜ「文化財」の保存と活用が必要なのか?

「文化財の保護」については、文化財保護法第1条において、「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」が目的として掲げられています。

つまり、文化財としての価値を後世に向けて確実に維持する「保存」と、文化財としての価値を踏まえ適切に現代社会に生かす「活用」の双方を進めることが求められています。

一方、過疎化・少子高齢化等の社会状況の変化を背景に、各地域の貴重な文化財の滅失・散逸等の防止が緊急の課題となるなかで、未指定を含めた文化財をまちづくり等に生かし、その価値を共有することで文化財継承の担い手を確保し、地域社会総がかりで文化財保護に取り組む体制づくりを進めることが必要です。

それを後押しする様々な取組を制度化するため、2018年に文化財保護法が改正されました。そして、地域社会総がかりで文化財の保護(保存と活用)を進めていくためには「文化財保存活用地域計画」や個別の保存活用計画などを作成し、長期的な視点を持つことが有効であり、その中で資金確保の方法についてもあらかじめ考えておかなければなりません。

これまでも各地域では、文化財所有者・地方公共団体等が創意工夫を凝らし、様々な方法で文化財保護のための資金確保に取り組んできました。しかしながら、そのような方法についての情報を整理し、共有する機会はなかったと言えます。

そこで、文化財所有者、地方公共団体の担当者、関係する民間企業の担当者等へのヒアリングを通じて得た知見を元に、文化財保護のための資金調達の方策とそのポイントをまとめました。

本記事では、3つの視点から文化財と資金調達の関係性を読み解いていきます。

1.保存と活用の相乗効果

文化財をとりまく環境を考えると、現状の文化財保護施策に加えて地域振興、観光・産業振興などに文化財を生かし、文化財保存の基盤である地域コミュニティを活性化する施策にも積極的に取り組んでいく必要があります。

文化財保護の両輪といえる「保存」と「活用」について、「平成26年度文化財の効果的な発信・活用方策に関する調査研究事業報告書」に次のような考え方が示されています。

「保存」については、文化財の適切な状態での維持(日常的な管理、修理等)。「活用」については、文化財の公開による活用(鑑賞、学術的な利用等)、文化財の地域振興等への活用(地域振興、観光・産業振興、まちづくり、教育等)が挙げられています。

文化財保護法では「公開による活用」に触れていますが、文化財を取り巻く近年の議論を踏まえると、それにとどまらず「地域振興等への活用」により踏み込んだ取組を促進していくことが望ましいと考えられます。

「公開」は、文化財の価値を多くの人々が享受し、理解と関心を高める機会を提供する活用の基本的な取組の一つですが、建築物のようなものの中には、公開に加えて今日的な用途や機能を付加することで、よりよい保護につながるものもあります。

例えば、当初の用途・機能を失った文化財について、本来の価値を保存・継承していくことを前提として観光関係施設、地域産業のシンボル、学校教育・社会教育関係施設、地域コミュニティの核となる施設、まちづくりの拠点施設など新たな意義と機能を与えて、それに沿った形での活用を図っていくことが考えられます。

「保存と活用の双方が相乗効果を生み出すサイクルを構築する」ことを通じて、以下のように文化財の保存に係る体制・基盤を整備することが期待されます。その中でも特に資金確保の方策について取り上げていきます。

・自助による資金確保
指定・未指定を問わず、所有者にとって文化財の継承は困難になりつつあります。特に資金面の負担は大きく、文化財の維持管理・修理等の経費の確保についても、社会状況の変化に合わせて柔軟な対応が求められます。公開や観光振興に文化財を活用し、その対価を徴収するという道が開ければ、文化財保存のための自己資金確保につながる可能性が生じます。

・互助による資金確保
文化財の背景や定期的な修理の必要性、そのための資金不足などの課題をより多くの人に伝えることができれば、文化財の維持に協力してくれる人が増えるかもしれません。活用を進めることで文化財に触れる機会を増やし、課題を共有することが寄附につながった例もあります。このように互助につながる活用等の取組を進めることが期待されます。

・地域住民等の積極的な関与
地域のニーズにあわせた活用を通じて、地域住民等が文化財の本来的な価値を正しく理解することができれば、「この文化財は自分達が守り・伝えていく必要がある」という保存・活用の担い手・当事者としての意識が醸成されます。そのような意識が醸成されれば、所有者と地域住民等が協力して文化財の保存・活用を担っていくという新たな可能性が生じます。

・管理体制の確保
一般的に、文化財の日常的な管理と活用は一体的であることが多いと言えます。このため当初の用途・機能を終えた文化財については、活用されず放置されたままだと日常的な点検・清掃・修繕等が行われず、劣化してしまう危険性もあります。所有者・地域住民等による積極的な活用により、文化財の日常的な管理体制の確保に寄与する可能性が生じます。

2.資金面の戦略として必要な取組

「保存と活用の双方が相乗効果を生み出すサイクルを構築する」ことに関連する過去の研究成果として、文化庁は2016年度に「文化財を中核とした観光拠点形成による経済活性化調査研究」を実施しました。

そこで掲げられた研究理念は、これまで対立構造にあると捉えられてきた「文化財」と「観光」をともに「まちづくり」を目指すものとして有機的に結び付け、保存活用の均衡を図りながら、文化財が地域社会・経済にまで深く貢献し、その成果が地域にも文化財にも適切に還元されるような好循環の実現を目指すといったものです。

この研究では有識者会議が開かれ、様々な議論が行われましたが、その成果として主に「体制の戦略」「資金面での戦略」の2つの戦略がまとめらました。中でも、資金面の戦略として今後の継続課題・必要な取組について下記の3つの内容が示されています。

・必要な経費の算定と戦略の検討
文化財の長期的な修繕計画の立案などをきっかけとした長期的な目線での文化財保全に必要な経費の算定と、それを踏まえてどのように収益を上げ、文化財の維持・保存に回すかについての戦略の検討。

・気運醸成と先行事例の把握・周知
地域みんなの宝たる文化財に資金が回るような気運づくり。先行事例となるような資金循環を実現したモデルの把握と周知文化財についてはその公的性質(公共性・社会性)を踏まえ寄附を募るという方策について。

・情報整理と共有
多様な資金調達の在り方についての情報整理と共有。ふるさと納税・クラウドファンディングなど、文化財の公的性質に鑑みより広く社会全体で資金面も含めて支え合うことができるのではないかという点も今後の課題として指摘された。

3.文化財保護のための資金を計画的に考える

「資金面」における取り組むべき3つの課題において、「文化財の保全に必要な経費の算定」とありましたが、「必要な経費」にはどのような経費があるかを考えると主次の2種類が考えられます。

・ランニングコスト…文化財を日常的に維持管理するために必要な経常的経費
・イニシャルコスト…文化財の修理・整備・防災対策・収蔵施設等の設置などに必要な一時的経費

過去の研究成果によれば、「長期的な目線での経費算定とそれを踏まえての戦略」についてはこれまであまり検討がなされていないとされています。また、将来的に維持管理が必要な指定文化財の一部を除き、多くの文化財では長期的な視点を持った資金計画が立てられていない側面もあります。

しかし、今後は文化財を後世に伝えるための様々な手段を検討し、保護のために必要なイニシャルコストやランニングコストを算出した上で、計画的にその資金を調達するための方策を検討することが望まれています。

より詳しい情報を知りたい方は、冊子としてまとめた「文化財保護のための資金調達ハンドブック」をダウンロードしてご覧ください。連載の第2回では、「指定寄附⾦制度」や「クラウドファンディング」など、資金調達におけるいくつかの実践例をご紹介していきます。