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「文化と観光は切っても切り離せない関係にある」同志社大学教授の太下義之が語る、文化観光推進のためのステップ

これからの時代の「文化」と「観光」のよい関係性を探るべく、有識者の方々にインタビューをしていく連載シリーズ。その第一弾では、文化政策や創造経済の研究者であり、国立美術館理事の経験も持つ、同志社大学教授の太下義之先生に話を伺いました。

太下先生は「そもそも文化と観光は切っても切り離せない関係にある」と言います。2025年の大阪万博における「プラス・オオサカ」構想などにも触れていただきながら、文化と観光セクターの当事者をつないでいくための取り組みや、文化を深く理解し、文化にその利益を還元していくような「観光」のあり方について語っていただきました。

太下義之
文化政策研究者、同志社大学経済学部教授、国際日本文化研究センター客員教授。博士(芸術学)。文化経済学会<日本>理事、文化政策学会理事、デジタルアーカイブ学会評議員。文化庁文化審議会(博物館部会)委員、日本芸術文化振興会「日本博」アドバイザー、2025年大阪万博アカデミック・アンバサダー、オリンピック・パラリンピック文化プログラム静岡県推進委員会副委員長、公益財団法人静岡県舞台芸術センター評議員、鶴岡市食文化創造都市アドバイザー。単著『アーツカウンシル』(水曜社)。

文化と観光は切っても切り離せないもの

──文化観光推進法が施行され、これから各地域で文化と観光の関係が問い直されていくかと思います。「文化観光」とは文化についての理解を深めてもらう観光であり、文化の振興を観光の振興や地域活性化につなげることで、文化に再投資される好循環をつくることが重要だと考えています。太下先生は文化と観光がどのような関係であるべきだとお考えでしょうか。

そもそも文化と観光は車の両輪のように二つで一つです。日頃、美術館や博物館に熱心に通っていない日本人でも、パリに行ったらルーブル美術館に行きたいと考える人は多いですよね。訪日外国人の方々も同じでしょう。

このように文化と観光は切っても切り離せないわけですが、日本ではそれぞれを別の問題として考えてしまった。実際に経済や観光に重きが置かれることで文化資源や文化財が一方的に利用されるだけなのでは?といった誤解も生まれているかと思います。

ですから、まずは「文化観光とはなにか」を整理し、その推進のための課題を丁寧に解決していく必要があります。文化観光推進法は、現状の改善を支援していくための基本法だと理解しています。

──ありがとうございます。それでは、文化と観光の融合を促すために、最初にすべきことはなんでしょうか。

現状では、お互いが連携できるという発想すら持っていない人が多いかと思います。当事者が気付くために有効なのは、外からの視点による価値の言語化です。

この15年ほど、アドバイザーとして山形県鶴岡市に通い続けています。ここには、ユネスコの食文化都市に認定されるほど豊かな食文化がある。しかし、私がはじめて鶴岡にいったとき「どんな美味しいものがありますか」と市役所の人に聞くと「うーん、何かあるのかのう、鶴岡は」と言われたのです。これは「何もない」と言いたいわけではなく「何があるだろうか…」と魅力をうまく伝えられないというニュアンスなんですね。

いろいろと掘り下げていくと、修験道の精進料理や市内に60種類以上ある在来作物など、ここにしかない食の魅力がたくさんありました。地元の人には日常の文化でも、よそ者にはすばらしい観光資源。第三者目線、観光客目線で、日常にある文化を言語化していくことが必要なのです。そうすれば、地域の文化性を象徴するような、新しいお宝を発見できるかもしれません。

──外からの目線で、日常にある文化の価値を言語化していくことが重要なわけですね。

はい。ほかにも訪日外国人の方々に観光を通して日本の文化を理解してもらうためには「多言語対応」などのアプローチも有効だと思います。もちろん日本語の説明書きをそのまま多言語に訳せばいいわけではありません。たとえば、説明に「江戸時代中頃」とあったとき、日本で育った人であれば歴史に詳しくなくてもなんとなくイメージが湧きますよね。しかし、それを単純に「Mid-Edo period」と訳しても、外国人にはまるで伝わりません。「江戸時代」なんて知らないわけですから、西暦や世紀で書くべきです。

さらにその時代の背景も伝えねばならない。同じ年代であっても、国が違えば文化も状況もまったく異なります。イギリスは「島国でありながら大陸に近く、立憲君主制の先進国」というように日本と似た特徴を持ちます。そんなイギリスと日本の18世紀を比べるとまったく違う状況が見えてきます。

18世紀のイギリスは、啓蒙の時代のあとに産業革命を迎えて、多くの労働者が工場で働いています。一方、日本では、身分の違いを問わず狂歌に興じ、芝居や歌舞伎見物に熱狂していた。当時の世界最高レベルの木版多色刷りの印刷技術を用いた浮世絵も盛んでした。

能も非常にユニークです。たとえば、能には「シオリ」などのさまざまな所作があり、それらはごく最小限のゆっくりとした動きとなっています。極めてミニマリズムに徹しながら観客の想像力に委ねることで多様な表現を生み出しています。世界中にさまざまな伝統的なパフォーミングアーツがありますが、能ほど動きの少ないものはありません。能を説明する時には、そのように世界のパフォーミングアーツの中での能の特徴を端的に表現する必要があります。

──これまで日本の文化をまったく共有していない人に、時代背景や文化の特徴を総合的に伝えていく必要があるのですね。

そこまで対応した多言語対応が進めば、日本国内で教育分野などへの波及効果も生まれるでしょう。というのも、日本文化を共有していないのは、訪日外国人だけではありません。日本に住む子どもたちもまだ文化を共有していない存在です。そこで、多言語対応したテキストを日本語に訳してみたら、とてもいい日本文化の教材になると思います。

──文化の本質的価値を届けるための観光に取り組んでいくうえで、その手段として「多言語対応」が重要なわけですね。

そうですね。文化観光を推進することで、ほかの政策分野にも効果を波及させられると私は思っているんです。なので、単に観光分野の政策ということではなく、すごく広がりのある総合的な政策に発展しうるのではないかと期待しています。

官民が連携し、文化観光のポータルサイトを整備

──文化観光推進法は、観光・文化分野を超えて可能性を内包する政策である、と。

そのとおりです。しかし、そもそも現場に来てもらうための情報設計が必要です。

たとえば、伊藤若冲が好きな海外のビジネスパーソンが東京出張に来たとします。そのとき、どんな情報が提供できればいいでしょうか。このビジネスパーソンは、せっかく日本に来たのだから、どこかで若冲の絵を見ることができないだろうかと、まずスマホで検索するはずです。そこで金沢の美術館がヒットしたとする。次はそこへの行き方を調べるでしょうし、さらに宿泊場所や地域のおいしい料理も検索するのではないでしょうか。しかし現状では、これらの情報を一気通貫で提供できるサービスはありません。

この実現のためにまずはやらねばならないのが、ミュージアムの収蔵品のデータベース化です。このデータベースに展示情報を紐づけることによって、いまどこのミュージアムで何が展示されているのかが明らかになるわけです。

──今風に言えば、ミュージアムのDXというか。

そうですね。DXの必要性はあらゆる業種で言われており、ミュージアムも粛々とやればいいと思われるでしょう。しかし、この作業に必要な人材や作業コストを払う予算がまるでないわけです。せっかく文化観光推進法が施行されたわけですから、有効活用を期待したいです。

ミュージアムのデータベース構築と更新体制さえ整えば、すでに民間企業が広告モデルでサービスを提供している交通、宿泊、飲食などのデータ提供サービスを組み合わせればいいと考えています。そうすれば、公的な基盤のアーカイブを整備するだけで、あとは自走していくと思うんです。

──まさに文化と観光を一体化させたサービスですね。

これが実現できれば、今までは情報がないがゆえに行くことのなかった場所に訪日外国人が訪れてくれるでしょうし、宿泊、飲食に加えてお土産も買ってくるかもしれない。地域にお金が落ちれば、地域のミュージアムを支える再投資につながっていきます。地域が文化に投資することの根拠にもなります。

──今おっしゃっていただいたように、観光で得た収益を文化やその地域に還元していくためにはどのような仕組みが必要だと考えますか?

データやアーカイブにおいて文化と観光が融合する状況を踏まえれば、全国に生まれている「観光地域づくり法人(DMO)」にも、もっと文化振興寄りの活動があってもいいだろうと思っています。

さらに言えば、文化庁が推進している地域版のアーツカウンシルとDMOの機能を合体させた組織が生まれてもいいかもしれません。無理に合体させなくても、緊密に連携して地域の文化観光を推進するような体制を構築できるといいですよね。そうすれば、観光で得られた収益が、地域の文化振興に還元される仕組みが構築されることになると期待します。

万博を最大限活用する「プラス・オオサカ」構想

──今後、文化観光を推進していくうえで太下先生が注目されているものはありますか?

先ほど外からの視点で見直すことの重要性をお伝えしましたが、2025年の大阪万博は日本全国で大きなチャンスだと捉えています。2020年の東京オリンピックが最大のチャンスだったわけですが、新型コロナウイルスの影響で外国人はほとんど来ていません。その分、日本に行きたいという思いを溜めている人もいるでしょう。現状、大阪万博では350万人のインバウンドを含む2800万人の来場者を見込んでいますが、私は訪日外国人の数は予想よりも多くなると考えています。

そこで提唱したいのが「プラス・オオサカ」です。これはつまり「◯◯(大阪以外の地域)プラス 大阪」ということ。

大阪万博を契機とする観光振興を考えるとき、素直に考えれば、大阪万博に来た訪日外国人をほかの地域に周遊させようとするのではないかと思います。しかし、関西国際空港には、350万人もの訪日外国人のすべてを受け入れるキャパシティはありません。

ならば他の空港から入国してもらえばいいのです。日本は内陸県を除いてほとんどの都道府県に空港があり、そのほとんどの空港から国際線が就航しています。さらに、四国を除いて全国が新幹線ネットワークで結ばれていて、高速バスも全国にネットワークが整備されています。

つまり、訪日外国人の入国を地方空港に分散させて、地方都市に長期滞在してもらう。そして、大阪万博に行く際は、新幹線でも高速バスでもいけますよ、というのが「プラス・オオサカ」構想です。

もっと言うなら、万博の開催形態からガラッと変えてほしいとも思っています。1970年に開催したかつての大阪万博とは、違う姿というのは提示すべきじゃないかなと思っています。

──違う姿といいますと?

1970年の万博は、大阪の特定の敷地にたくさんパビリオンを建てて、半年くらいイベントを開催しました。すべては万博の敷地内で完結していたのです。2025年はそうではなく、全国の文化施設やミュージアムを大阪万博のサテライトに見立てて、日本中で万博を開催しているような形式にできたらいいと思うんです。この構想を、「EXPOアーキペラゴ(列島)」と私は名付けています。

各地域がそれぞれの文化をアピールし、訪日外国人に長期滞在してもらってその地域の文化を堪能してもらう。もちろんプラスで大阪にも行ってもらう。文化観光の推進を踏まえてこれが実現できたら、非常に面白いと考えています。

こういった発想は、オーバーツーリズムの対処法にもなるのではないでしょうか。いま、オーバーツーリズムの対処方法としてよく言われるのは、タイムシフトやスペースシフトです。文化施設の開館時間の前後に、特別な価格帯で特別な体験ができる枠を用意する。訪日外国人の中には「せっかく来たんだから」と、特別枠チケットを買ってくれる人はいると思います。

また、同じ地域の中でもまだ十分に魅力を発信できていない魅力ある場所はたくさんある。そういった場所を積極的にアピールすれば、人の集中がばらけることが期待できるわけですね。しかし、こういったミクロな視点での対処方法は、すでにその街に多くの人が来てしまっているわけですから根本的な解決にはつながりません。

そこで、プラス・オオサカのようなマクロな視点が必要なのです。各県に空港があり、全国が新幹線や高速バスで結ばれている国なんて、世界的に見ても日本くらいです。そのために各地が魅力を掘り起こす必要があります。そこで重要な役割を果たすのが「文化観光」なのだと考えています。

(Text by Shintaro Kuzuhara, Artwork by Takeshi Kawano, Edit by Kotaro Okada)

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