「文化」と「観光」によって発展する都市の未来像:「創造都市」研究者・佐々木雅幸先生インタビュー
これからの時代の「文化」と「観光」のよき関係性を探るべく、有識者の方々にインタビューをしていく連載シリーズ。第四弾はUNESCOが推進し、世界銀行でも推奨され、全世界に広がるまちづくりのあり方「創造都市」の第一人者であり、創造都市ネットワーク日本の顧問、佐々木雅幸先生に話を聞きました。
創造都市の研究者や実践者が蓄積した20年の歴史には、数多くのヒントが詰まっていました。佐々木先生が実際に足を運んで実感してきた知見から、文化観光の未来を考えていきます。
佐々木雅幸
文化庁文化創造アナリスト、金沢星稜大学特任教授、同志社大学嘱託研究員、大阪市立大学名誉教授。金沢大学経済学部教授、立命館大学政策科学部教授、大阪市立大学大学院創造都市研究科教授、同志社大学経済学部特別客員教授などを経て、2014年4月から2017年3月までは文化庁文化芸術創造都市振興室長、同年4月から2019年3月まで文化庁地域文化創生本部主任研究官を務める。創造都市ネットワーク日本の顧問として、国内の様々な創造都市の取組を支援。主な著書に「創造都市の経済学」、「創造都市への挑戦」など。
「創造都市」という考え方
──まず、佐々木先生が取り組まれている「創造都市」の考え方について教えてください。
そもそも「創造都市」とは、地域住民の活発な創造活動によって、先端的な芸術や豊かな生活文化を育み、革新的な産業を振興する「創造の場」に富んだ都市を意味します。UNESCOのなかでも2004年からプロジェクトとして取り上げられている、世界的な取組になります。詳しくは下記をご参照ください。
日本で例えると、石川県金沢市の取り組みは象徴的です。伝統工芸や伝統芸能、伝統景観の町を謳いながら、街の中心に21世紀美術館をオープンすることで、美術館の周辺にたくさんの現代アートギャラリーや新しい美術館が生まれました。いまや金沢都心は、ミュージアムのクラスターとなっています。
(写真提供:金沢市)
興味深いのは、ミュージアムの集積や現代アーティストとの関わりが、伝統工芸にも影響を与えていることです。現代アートと伝統工芸の技が組み合わさった新しい「未来工芸」の実践者が増えてきており、デザイン産業などと結びついて新しいファッションやインテリアを開発しています。このような、個性的に展開する都市の活動、多様な文化がかけ合わさり創造を生み出していく活動が創造都市の特徴です。
「文化」が都市の危機を救う
──創造都市での、「文化」と「まちづくり」の関係性について教えてください。
アリストテレスは、「善い生活」をするために人々が都市に集まってくると言いました。その善い生活とは、文化的な生活のことを指しますし、都市の特徴とは文化が本質であるという学者もいました。
ですが、それぞれの都市が、いつも都市の固有な文化(アイデンティティー)を住民間で共有し継承してきているかというと、そんなことはありません。しばしば外的ショックによって危機に立ちます。例えば、急激な工業化や、戦争や自然災害による破壊がわかりやすいですね。
その危機の際、自信を失い、アイデンティティーを失った都市は、何かほかのものにすがり立て直そうします。このような、外的ショックからどう立ち直るかというテーマ、「レジリエンス(復元力)」をどう高めるかが世界的に重要なテーマになっています。
実際、「創造都市」の始まりはヨーロッパの都市が脱工業化によって衰退し、危機を迎えたことにあります。1990年代に、アジアの国々の追い上げという外的ショックでヨーロッパ経済が空洞化、特に工業都市が衰退して失業者が増えました。
これらの状況を打開したキッカケとなったのが「創造性」です。スペインのビルバオは工業都市として栄えましたが、造船業が衰退し苦しんでいました。そこに、今までの発想ではありえなかった最先端デザインによる、現代アート中心のグッゲンハイム・ミュージアムを誘致し、芸術を1つの起爆剤として都市再生に取り組みました。アイデアを立案した商工会議所は、肉体労働者の街から知識労働者の街へ、人々の価値観の転換を狙ったのです。
(Image by Reno Laithienne / Unsplash)
創造都市には、定住者と漂流者の交流が必要
──都市の危機を乗り越えて行くうえで、中心となるプレイヤーたちはどのような方々なのでしょうか。
それぞれの都市が多様である分、プレーヤーが変わってきます。
例えば、金沢では繊維産業が衰退したあと、地元の経済界の造り酒屋の社長さんや工芸を扱っている会社の社長さんが中心になっていきました。金沢創造都市会議を作り、長期計画で意欲的に進められました。
神戸の場合でいけば、神戸市の経済界と職員の方々です。震災という外的ショックを受け都市のビジョンを見つめ直した結果、神戸市は 2005 年に都市ビジョンを「創造都市」に切り替えて「創造的復興」をめざすようになりました。当時の重厚長大な産業を見直し、今までのまちのあり方にただ戻すのではなく、文化を中心とした新しい都市のあり方を目指すようになります。
このような地域のなかで危機を感じ、立ち上がる方々とともに、地域外から訪れる存在も重要です。日本の社会学者で有名な鶴見和子先生と話をしているときに、やはり「定住者」と「漂泊者」、この両方が地域にとって大事だと思いました。定住者というのは地域にとって土で、漂泊者というのは風です。風は、新しいアイデアだとか、新しい技術を持ってくるわけですが、風ですから、すぐ通りすぎてしまいます。基本的には定住者がそれを自分のストックにしていきます。観光客も含めた、漂流者が緩やかにとどまることで、地域に刺激を与え、創造を育むことにつながると考えています。
伝統と先端がぶつかり合って、創造の火花が散る
──都市に新しい文化を取り入れていくことは決して簡単ではないと思います。もともと都市が持っていた「伝統性」と新しいもの生み出す「創造性」はどのように折り合いをつけるのがよいのでしょうか。
例えばですが、アートとカルチャーって違いますよね。特に現代アートというのは、地域の人々にかなりの衝撃を与えるのですよ。「創造性」を考えたときに、伝統をそのまま保存すれば良いという訳ではなく、世阿弥も言っている「守・破・離」の考え方が必要だと考えています。つまり、これまでの伝統をないがしろにせずに受け止める。次に、継承してきた伝統について深く考え、新しい風を取り入れる。そこでの反発や刺激をも糧にして、新たな文化を生み出していく。これをしないと都市を変えるだけの「創造性」は生まれてこないと思います。
先程も例で出した、ビルバオのグッゲンハイム・ミュージアムは、造船業の主体の労働者の町にいきなり現代アートの最先端ミュージアムを持ってきたわけです。アートは批判性を持ち尖っているのですが、特に現代アートという刺激は、都市の文化に大きな衝撃を与えます。仕掛け人の商工会議所の方々は、ものすごい戦略をもって新しい風を取り入れ、ブルーカラーの都市ではなく、知的労働者が集まってきたい町に変えていくための起爆剤に創造性を使ったのです。
金沢市でも、伝統工芸、伝統芸能、伝統景観のまちと言われますが、まちの中心に21世紀美術館を新設しましたよね。当然のことながら、最初は批判的意見も多かったですが、「金沢のまちの伝統というのは絶えざる革新の連続だと。伝統と先端がぶつかり合って、そこから創造の火花が生まれる。これを恐れないでほしい」ということを話しました。日本古来の文化を継承・発展させ、まちづくりにも繋げていく。創造の過程とはそういうものだと思います。
主語は「市民とまち」。まちの資源を大切にしないと、観光は続かない。
──まちと観光の良き関係性についてお教え下さい。
「創造都市」の観点で観光を考えると、都市は観光を活用して、その発展に役立てるべきであると思っています。一方で、観光に都市が利用されることがないようにしなければなりません。観光に都市が利用されることで、オーバーツーリズムのような状況に陥ってしまっては、賢い利用ではありませんね。
以前、金沢市の前市長とお話ししたときは、観光だけの政策に留めない熱い想いを感じました。金沢市の文化に憧れを持つ人や、そこで暮らしたいと思っている人たちが「まち」を訪れた際に、一気に奥座敷まで見せるのではなく、「まち」の魅力を少しずつ垣間見せていく観光。すなわち、「まち」を一過性に消費してしまう観光ではなく、文化の奥深さを理解してもらう観光です。
観光が成り立つためには、文化資源や自然資源が必要不可欠で、これらのオーセンティシティー(真正性)が失われ、質が大きく低下してしまえば、観光は成り立ちませんよね。経済合理性だけを追い求めてしまうと「まち」と「観光」のバランスが崩れてしまうと思います。
──佐々木先生は近年「クリエイティブツーリズムの成立条件と創造都市連携の可能性」について研究されています。「クリエイティブツーリズム」という考え方ついても教えてください。
地域固有の文化資源を生かしたツーリズムの1つがクリエイティブツーリズムです。その地域にとってのポイントは、観光客と地域の住民、アーティストが、クリエイティブな経験を共有することにより新たな価値を生み出し、地域の持続的発展に貢献できることです。
この分野で世界に先駆けて取り組んできたのは、アメリカのサンタフェです。行政、アート関係者、ホテル観光業界が連携してギャラリー・アトリエ・美術館を訪問する多様なツアーコースを提供していました。
サンタフェの事例が興味深いと思い、彼らを金沢市に招いて「金沢クリエイティブツーリズム」の立ち上げに動いたのが10年以上前です。当時の21世紀美術館の館長がツアーガイドを引き受けて、金沢市のアーティストのスタジオに行ったり、美術工芸大学の研究室に足を運んだり、21世紀美術館の屋外の作品を紹介したりしていました。こうしたアーティストとツーリストとの関わりが、伝統工芸にも影響を与えていて、現代アートと工芸が組み合わさった新しい伝統工芸「未来工芸」の実践者が増えてきています。
金沢市では、これらの動きを更に加速させアートマーケットまでつなげていて、2017年からは、国内唯一の工芸に特化したアートフェア「KOGEI Art Fair Kanazawa」を始めました。ホテルの客室を会場に使った即売会で、ホテルをアート化することにより、大変魅力的で素晴らしい空間を作り出しています。
金沢市の例はあくまで一例ですが、地域固有の歴史や伝統に着目すると、どの地域もそこにしかない個性を有しています。地域の文化資源が持つ唯一無二性と向き合い、それらの魅力をどのように引き出し、文化資源に還元していくのか。知恵を絞りながら、考えていかなければなりませんね。
創造都市と文化観光の推進のために
──ここまでのお話で、創造都市論には文化観光推進のためのヒントが数多くあることがわかりました。それらを踏まえて、さらに文化観光を推進していくためには、どのような観点が必要だとお考えでしょうか。
まずは、文化観光に関する調査研究を進め、政策を深める必要があると思います。文化観光によって、地域にある文化資源や産業がどれだけ豊かになるのか。文化的価値、経済的価値、社会的価値を整理し分析する。それらのデータを活かして、より効果的な取り組みを推進していかなければなりません。
加えて、現場の人たちももっと多様な関係者との連携を模索しなければなりません。多くの自治体などでは未経験の部分もあるのではないかと思いますが、文化観光を推進しまちづくりに繋げるためには、文化関係者をはじめ、観光事業者、自治体関係者の協働が必要です。金沢市のような周囲の関係者を巻き込めている自治体の取り組みを参考にしていきたいですね。
最後に、自らの足で現地に赴き地域の関係者と対話をすることをオススメしたいです。これまで出会ってきた人達で感度が高く創造性に富んだ人は、自分の足で現地に出かけています。皆さんも機会があったら日本全国を回って、対話してくることに挑戦してみてください。もしかすると、素晴らしいアイデアを生み出すきっかけになるかもしれません。
「創造都市」を研究する者としては、これから「創造都市」や「文化観光」という考え方が、より一層日本全国にひろがり、その多様な展開を互いに競い合いながら、ネットワークを組んでいくことを期待したいです。
(Text by Shintaro Kuzuhara, Artwork by Takeshi Kawano, Edit by Kotaro Okada)